第42回

波瀾だった過去・42(前を見よう)

信頼している大切な男友達である
Kくんと一緒に住むことに
イヤという気持ちはもちろん無いものの
16歳で出逢ってから8年間
ずっとそれまで良い男友達だったから
そんな風になることに
何とも言えない戸惑いがあったのは事実だった。

お店が閉店となり
社宅を出るまでの2ヶ月間
私はKくんのおかげで
家がまた無くなるという
行き場のない不安に襲われることなく
次の仕事を見つけるために
少しずつ動き出した。

久しぶりに地元の友人や
懐かしい知人とも電話したり
そんな余裕を持てたのも
Kくんのおかげだったのだと思う。


そんなある日
私は大阪から久しぶりに出てきた部長に
話があると呼び出された。

相変わらず関西人の貫禄のある部長。

だけど、その貫禄は
ずっと夜の仕事をしてきた私には
懐かしささえ感じる
男らしさでもあった。

聞けば、東京のショップ閉店後
若いスタッフたちは
早速関西の店で頑張ってるという。

「また関東に店を出すんやけど、
城戸、お前また働かないか?」

一瞬、ん???とクエスチョンだった。

新しいお店で働くためには
”関西の他店にしばらく転勤する”
という条件があったはずで
だから若いスタッフは関西まで行っているのに・・・

「あいつらも頑張ってるけど、
城戸には居て欲しいと思ってな」

「東京が分かる奴で、
任せられるリーダーが必要だと思ってる」

そんな風に
私を買って下さってたことに
私は今まで感じたことの無い
自信を感じた。

昼間の仕事で
自分が認められたことに
誇りさえ感じたのだ。


「わかりました!やらせて頂く方向で考えます」


「頼むな、前向きに考えてくれ」

そんな部長との久方ぶりの再会に
帰り道、私は心が温かくなった。


”仕事をこのまま続けて
社宅はいずれにしても出るとして
Kくんと暮らすか♪”

公私ともに充実した生活が目の前に広がって
私は満足感でいっぱいだった。


そんな数日後
後輩だった若いスタッフ2人に
話したいことがあると連絡が来た。

関西から一時的に帰京していた2人は
真剣な顔をして私に言ってきた。


「部長から話を聞きました。
会社に残るよう言われたんですよね?」

私が頷くと
2人は重い口を開くように私に言った。

「ズルいです・・・」

「私たちは会社に残るために
行きたくない関西まで行ったのに
城戸さんはそれをしないで
会社に残れるなんてズルい」


私は言葉が出なかった。


当時、公私ともに
可愛がっていた2人から
それを聞かされ
一瞬戸惑った。

「でもね、これは私がお願いしたことではなくて
部長から頼まれて・・・」


「わかってます、でもズルいです」


私の中で
ぷっつりと糸が切れた気がした。

諦めでもなんでもなく
ぷっつりと
ただ何かが切れた。


「わかった。戻らないから安心して。
2人とも頑張るんだよ」

私は精一杯の笑顔と
自分の中の冷静さを絞り出して
席を立った。


帰り際
なんとなくだが2人の顔から
これでよかったのか・・・
というような
申し訳無さそうな何かを
感じた気がした。


「また仕事探すか・・・」

その後、部長に連絡し
辞退する意向を伝えた。

驚いた部長が後日
慌てて私に会いにきた。

「城戸を必要なのは会社や。
あいつらには関係ない。
会社が必要だって言ってるんやから
関係ないやろ」


有り難くてたまらない気持ちは
山ほどあったが
私の中ではすでに
もう決めてしまった
終わった話になっていた。

きっと、彼女たちから
あんな風に言われたことが
もうモチベーションを取り返せないくらい
ショックだったのだと思う。

「本当にありがたいです。
だけど、私が残れば
彼女たちの仕事の士気が
下がることになります。
私がこのまま辞めることが
一番平和な選択だと思います。
申し訳ありません・・・」

残念そうな部長の顔を見ながら
”ここまで認めて下さったことだけでも充分だ”と
私は、自分で自分に言い聞かせた。


社宅を出るまで
あと1ヶ月半
仕事を見つけて
Kくんと住む準備をしよう

そんな風に
前を見ようとした2月


私が一年で一番
孤独を感じる日

私が一年で一番
自分が生まれたことを
淋しく憂う日


間もなく
25歳になる誕生日が
近づいていた