第62回

波瀾だった過去62 返り咲き

お店に居場所がなくなっていき
お店を辞めたい気持ちと
生活のこととで私の葛藤が始まった


とはいえ
私を気に入って
本当に指名で来てくれてるお客様も
もちろん居る


変わらない組長や
たまに来るFさんなど
そんなテーブルに着く時だけが
私にとっての居場所だった


プライベートでは
土日の週末だけ母が帰る

だから大抵週末は
彼と子どもたちと一緒に
ドライブに出かけたり買い物にでかけたり
楽しく過ごしていた


ただ、その時は楽しいけれど
諸々生活のことが
常に頭にのしかかる


お店を辞めたところで
実家暮らしで
3ヶ月と同じ会社で続かない
そんな彼には頼れないし
ましてや再婚なんて考えられない



そんな悩みが尽きない日々の中で
私は彼に何度か怒ったことがあった

お店のあと会う予定が
アフターで変更になったりすると
ヤキモチなのか面白くなさそうにする彼

「アフターだったからしょうがないじゃん」

そう言ってもふてくされてたりする

そんな彼に私は怒鳴るでもなく
冷静に怒りをぶつけた

「つかさ、いつまでも実家暮らしで
仕事辞めても何も心配ない奴が
アフターにヤキモチ妬く資格ないよね!
水道ひねればいつでも水が出て
夜でも電気がついて
そんな生活を当たり前だと思ってんの?!
親がお金払ってるからだよ!
私はそんな親に甘ったれた生活送ってないの!
むしろお金払って、家賃も光熱費も
子どもたちもいる中でやってんの!
ヤキモチ妬いてふてくされてるなら
アフター行かなくて済むような
”これ足しにして”くらいのお金を持ってきなよ!」


何も言い返せない彼に
私はお説教のように言った


「文句言うならお金でも持ってきなよ
仕事もロクに続かないくせに」


自分で選んだ彼だが
どこかで見下していたのだと思う

だけどお金の工面までしてくれようと
私を大切に思ってくれたDくんじゃなく
このダメな彼を選んだのは自分

そのくらい自分に対しての価値を
自分自身で低く見積もっていたのが
この頃の私だった


尊敬できるような人ではなかったけど
週末子どもたちも一緒に
遊びに連れてってくれるということが
その頃の私にとっては
唯一のプライベートな楽しみな時間だったこともあり
この彼と別れる選択はなく
私の方が主導権を握るような形で
付き合いを続けていた



お店では
ママから相手にされなくなり
居場所もなかったが
生活のために辞めるわけにはいかないと
私はお店でやれるだけ頑張ることにした


それはきっと
週3〜4で来てくれる組長や
可愛い後輩の紀子なんかが居てくれたからだと
そう思う


お客さんに電話するとか
そういう営業はなかなかできない性格だったけど
自分なりにとにかく接客を今まで以上に大切に
笑顔でひたすら頑張った


そんなある時
数年ぶりに来店されたという
50前後のお客様がひとりでいらした

貫禄のある
いかにも経営者!というような男性で
どうやらママにしつこく言われて
渋々来店されたようだった


会話も続かない
笑顔も見せない
終始ぶっきらぼうで
本当に「ママがうるさいから来た」
というオーラ全開の方で
昔からいる女の子は誰も着きたがらず
案の定ママからの指示で私が着かされた


「あの人、いい人だから!」

ママの言ういい人はお金持ちという意味をさす

「ロールスロイス乗ってるのよ!」


雰囲気からして気難しそうな感じの
このお客様を見て

”こういうの本当に苦手・・・”
そう思った


何を言っても笑わないし会話は続かないし
私の心の中はパニック状態だったが
とにかく笑顔で一方的に話し続けた

本当にただただひとりで
楽しそうに喋り続けた笑


まるで
だれひとりウケない会場で
ひとり延々とネタをやり続ける芸人のように


だけど全くウケないし面白そうでもないのに
このお客さんは一向に帰る気配がない

2〜3時間その苦行が続いた時

「この店は嫌いでさ、
ママも調子がいいし
女の子もつまらないし
だから2〜3年来なかったんだけど
ママがあまりにしつこく電話してくるから
今日は少しだけ顔出して帰ろうと思ってたんだ」


”そういう事情か・・・どうりで”

と思いながらも
やっと自ら話してくれたその方の話を
私はこれまらひたすら笑顔で聞いていた


「だけど君みたいな子がいるなら
来てよかったよ」


私はこの時ほど
夜の仕事してて達成感を得たことはなかった


多分この時の私は
どうしたらママにまた気に入られるか?
必要とされるか?ということより
どうしたらこのお客さんが笑ってくれるか?
楽しんでくれるか?
そのことに専念して接客していたからだと思う


そのお客さんが帰るわけでもなく
かと言って笑うわけでもないのだが
他の席に呼ばれた時に
私を引き止めたその様子を見て
ママは私にお礼を言って褒めてきた




こんな努力を続けたある日の月一ミーティングで
私はまたナンバーワンに返り咲いた


その日のアフター
一緒に飲みに行った
何年も勤めてきた女の人が

「よくやったよね!本当に!
今まで、ナンバーワンになっても
そのあとママの仕打ちで
落ちて辞めてった人をいっぱい見て来たけど
返り咲いた人初めて見たよ
本当に尊敬するわ!」


この言葉を聞いて
そういうお店だったのだと
改めて思った

と同時に
私が嫌われてどうのの問題じゃなく
誰にでもやることだったのだと
少し安心した


私は逆境に強い性格でもなければ
むしろすぐ逃げ出す弱い人間だが
シングルマザーで子どもたちもいるという
その環境だけが頑張れた要因だったのだ



それからまたママも私を認めてくれ
着物を着たことない私に
着物を着せてくれたりと
私も期待に応えるべく全開で頑張った


その年の12月
Fさんから
「もうすぐクリスマスだね〜
プレゼント買いに行こうか」
と電話があり
銀座のシャネルに一緒に行った


可愛いピンクのバッグをプレゼントしてくれ
私は早速お店に持って出勤した

お店の帰り際
そのバッグを見たママが瞬時に
「あ!!!Fさんね!買ってもらったの?!
やったわね〜〜〜〜〜!!!!」
と何故だかえらい祝福をされた笑



やっとお店でゆるぎない場所を得た
そんな瞬間だった



この頃はまだ
自分の心が
壊れかけていくことに
全く気づきもしないで・・・