第31回

波瀾だった過去・31(恋人の逮捕)

  • 人生で初めての取調室に通され、
    私は混乱を隠せないまま腰を下ろした。

    朝、彼を逮捕しに来た刑事さんが優しく私を迎え
    真実を知りたい私は、一体何が起きているのか
    ポストに届いた手紙も見せながら
    矢継ぎ早に質問をした。

    だけど、刑事さんの言っていることが分からない。

    私が聴いていた彼の素性が
    刑事さんの話と噛み合ない。


    聴けば、彼は修行でも何でもなく
    ただ普通に従業員として働いていたとのこと。

    そして、そのパチンコ屋さんに窃盗で夜中入ったこと。
    それが罪状だった。

    ご実家は確かに事業はしていたが
    パチンコ屋さんを始めるなんてことは全くの嘘で
    親からは勘当されたのか
    離れた地で寮に入り
    普通に従業員として仕事をしていたそう。。。


    なんでそんな嘘をついたのか?
    更に訳がわからなくなる。


    「この手紙なんですか?離婚とか、そんなの聞いてなくて」

    混乱だらけの私には
    刑事さんが真実を教えてくれる救いの神に見えて
    すがる思いで私は不安や動揺だらけの質問をぶつけた。

    さすがに刑事さんには
    そこまでの過去やプライベートなことまでは分からず
    ただ事件のことだけを、私に話してくれた。


    ある程度の真実を聞き
    不安と混乱が落ち着いてきた途端
    私は、一気にショックと悲しみに襲われた。


    「つらいよな・・・」
    刑事さんのその一言で
    張りつめていた想いが弾け
    私は涙が止まらなくなった。

    どのくらいの時間、何リットル泣いたかわからないくらい
    一気に溢れ出す涙と感情に
    刑事さんはティッシュを差し出しながら
    優しく慰めてくれた。


    事情を全て分かってる刑事さんのその優しさが
    私には唯一の大きな支えのようだった。



    彼に会って、何でこんなことになったのか?
    何でそんな嘘をついたのか?
    そして、あの手紙は何なのか?
    すぐにでも会って話したかった。

    だけど、逮捕されてすぐ面会することは許されず
    最大で72時間は会うことはできない。


    この日、取調室で何時間泣いたかわからない。

    私にも色々事情聴取をしたいということで
    翌日改めて、私は警察署に行く事となった。



    壊れそうな心を抱え
    私は自宅に戻ったが
    誰も居ないひとりきりの部屋で
    まだ信じられない現実に
    途方に暮れていた。


    とりあえず、サイパン旅行のキャンセルをしなければいけないし
    謎の手紙の差出人である元奥さんにも連絡をしなければいけない。


    例の手紙の内容を簡単に話すと

    「あなたと離婚してから、私は再婚をしました。
    そして妊娠もしたのだけれど、離婚してから300日以内の妊娠ということで
    赤ちゃんの戸籍が、あなたのところに入ってしまうそうなんです。
    もちろん、あなたの子供ではありません。
    どうか家庭裁判所で、自分の子供ではないと発言してもらえませんか?」

    という内容のものだった。


    この人に、「彼は逮捕され、すぐには家裁に行く事はできない」
    ということを伝えなきゃ・・・と、ほんの少し残ってる気力と
    変な責任感で、私は手紙にあった連絡先に電話をした。

    今、彼と付き合っていて一緒に住んでる者です、と伝え
    離婚も結婚してたことも全く聞いてなかったけれど
    逮捕され、今は彼は動けないという現状をしっかり伝えた。


    元奥さんは、私に同情する訳でもなく
    かといって敵対心がある感じでもなく
    赤ちゃんの戸籍が・・・と、
    ただ困った様子で私の話を聞いていた。

    彼と面会できるようになったらシッカリ伝えることと
    出て来るメドが付いたらお知らせすることを約束し
    私自身もいっぱいいっぱいだったが
    彼女にとにかく落ち着くように励ました。

    そんな私の対応に、最後は安心したのか
    彼女は、私のツラさにも同情心を見せながら
    とにかく彼に会えたら頼んで欲しいと懇願してきた。


    電話を切り、ぼーっと現実を受け止めながらも
    夢を見ているかのような信じられない現実に
    また頭も心も崩壊しそうになる。


    夜になっても灯りをつけることが出来ず
    真っ暗な部屋で、窓の外から入って来る
    幹線道路の灯りだけを頼りに
    私はただ何時間も、ぼーっとしていた。

    何も食べられず
    ただタバコだけが減っていく。。。

    そんな現実から逃げ出したくて
    真っ暗な部屋で、またクスリに手を出したい衝動にもかられる。

    だけど今は、とにかくしっかりしなきゃ・・・という
    ほんの少しだけ残っている気力で
    私は生きていた。。。



    翌日、また警察署に行くと
    昨日の刑事さん二人が、笑顔で私をまた迎えてくれた。

    業務があると交代したりといった状態だったが
    ひとりの刑事さんは、特に優しく私に同情し励ましてくれた。

    泣き出すと、黙って聞いてくれる。
    「つらいよな」と寄り添ってくれる。

    本当にその刑事さんの存在が私の唯一の支えだった。


    途中、ドラマのように「何か食べるか?」と言われ
    「やっぱりカツ丼なんですか?」なんて
    涙を拭いながら精一杯笑って言う私に
    刑事さんはどんな時も優しく対応してくれた。


    私には何もないことを改めて確認できたところで
    事情聴取も終わり、私はまた家路に着く。


    そして家に帰るとまた、ぼーっとする。



    そんな2日間を過ごし
    深夜24時、私はひとり
    23歳のお誕生日を迎えた。。。