第41回

波瀾だった過去・41(束の間の平凡)

  • 2度目の声で、びっくりして振り向くと
    そこには、16歳の時に2ヶ月だけ所属した
    渋谷のチームのリーダーだったKくんが
    爽やかな笑顔で立っていた。

    私より5つ上で
    地元が同じで家も近所だったことから
    当時はすぐに意気投合して
    たまに飲みに行ったりお茶したり
    長電話してお互いの恋愛話もしたりするような
    チームを辞めたその後も
    仲の良い男友達のひとりだった。


    私の友人では唯一の有名大学出身で
    卒業後、有名レコード会社に就職した
    この頃の私にとっては
    一般的にも社会的にも人間的にも
    一番まともな自慢の友人だった笑


    けれど、この頃は
    私も地元を離れていたし
    彼の逮捕や諸々激動の1年だったので
    Kくんとはしばらく連絡を取っていなかったのだ。


    新しい職場に新しい家に
    地元から離れた新しい土地で
    あまりに偶然なとっても久しぶりに会うKくんの顔を見て
    ホームシックな子どもが家に帰れたような
    そんな安堵感を感じ
    私は思わず
    「あーーーーーーーーー!!!」と
    声を上げてしまった。


    聞けば、Kくんは仕事で来ていて
    そのミニLIVE(一つ屋根の下で有名になったミュージシャン♪)の
    イベントで来ていたそうで
    そのイベントを上の方から眺めていた私を見て
    「沙織に似てる子がいるな~と思って、上がってきたよ!」と
    優しい爽やかな笑顔で声をかけてくれた。


    そもそも立川に居ることすら報告していなかったので
    彼も本当にビックリしたようだった。


    私も休憩中だったのと、Kくんも仕事中ということもあり
    夜にでも改めて連絡を取り合おう!と
    しばしの感動の再会を終えた後
    私は仕事に戻った。


    「カッコいい人だね!誰?誰?」
    「レコード会社で、あんなイベントの仕事してるってすごーいかっこいい!」
    と興奮する店長。

    Kくんは、俳優の時任三郎似でオシャレで確かにカッコいい。

    年上だけど、私にとっては「信頼できる仲の良い男友達」
    そんな風に思っていた私にとって
    店長からそこまで友人を褒められ
    しかも、いつも威圧的に威張って来る不機嫌店長に
    そんな風に言われたことに
    私はちょっぴり優越感も感じたりした。


    それまで何度かKくんの恋愛相談に乗ったこともあったし
    私も色々相談してきた仲だったけど
    このとき初めて、私はKくんを
    異性として男性としてちょっぴり意識した瞬間だった。


    その夜、仕事を終えてすぐに連絡をくれたKくんは
    離れた土地で私に会ったことに興奮したと
    その日を振り返りながら
    改めてその感動を話してくれた。

    何となくだけど
    きっとKくんもこのとき初めて
    私を異性として意識したのだと、そう思う。


    久しぶりに長電話で色々話しながら
    ここ1年で起きた出来事や
    今国立で社宅に住んでいることなど
    経緯や近況を報告した。


    「とりあえず近々ゆっくり会おう!
    またイベントでそっちの方行くから」と
    Kくんからのお誘いで
    後日久しぶりに私たちは楽しく語らった。


    今まで、逮捕された彼とのことでいっぱいいっぱいで
    まともに自分の時間を作れていなかった私は
    こうして昔ながらの友人と会う大切さを
    改めて痛感した。

    「こういうこと本当にしてなかったな・・・」


    私はそれから
    地元の友達と遊んだり
    久しく連絡を取ってない人に連絡をしたり
    そんな交友関係をまた繋いでいった。


    そして、その再会を機に
    Kくんからの電話や
    Kくんからのお誘いも増えていった。


    ずっと色々大変だったけど
    生まれて初めて
    昼間の仕事をしながら友人たちとも遊び
    ごくごく普通の平凡な生活を送れるようになり
    人生で初めて
    ずっと憧れだった普通に平凡な生活を
    私はやっと送り始めていた。


    10代の頃
    私はよく周りに言っていたセリフがある


    「平凡って一番難しいんだよ」

    「だから、どれだけ自分が平凡で普通でも
    それがとてつもない幸せだってこと、知って欲しい」


    その一番難しい普通の平凡な生活が
    やっと自分の毎日にも訪れ始めて
    私は、本当にに普通に平和で幸せだった。


    そんな生活を送って1ヶ月ほど経ったある日
    会社の部長が関西から出てきて
    話があるということで
    ランチに誘われた。


    「東京店を閉めることにした」

    一瞬私は固まった。

    「でも、この立川の店は閉めるが
    今後関東には出店をしていく予定やから
    今居る社員にはそれまで関西の店で働いてもらって
    もし出来なければ辞めてもらうしかないんや・・・」


    聞けば、今ある唯一の関東のお店を一旦閉めるけれど
    近く関東にはまた出していくから
    それまでしばらく関西の他のお店に出向するか
    辞めるしかないという二択の話だった。


    関西は行ってみたい気持ちはある。

    だけど・・・というのが私の本音。


    Kくんの存在も気になり出していたし
    公私ともに充実していた矢先の転勤話に
    私の心はほぼ『なら辞めるしかないな・・・』
    という選択が占めていた。

    だけど、そうなると
    今いるこの会社の社宅からは
    出ないといけない。

    貯金なんてまだないし
    かといって帰れる場所なんて元々ないし
    行くアテもない私は
    またしても居場所を無くしてしまう出来事に
    「またか・・・」と肩を落とした。


    結局東京店にいる社員4人と
    大学生のアルバイト1人と
    全員にその話がされ
    みんながそれぞれ答えを出すこととなり

    不機嫌な日が多く
    みんなのストレスの元凶だった店長は
    辞めるという答えを出した。

    ちなみに、それからは
    さすがに不機嫌な日も無くなり
    最後は皮肉なことに
    とっても楽しい職場となった。


    そして、何かあると私に相談してきたり
    プライベートでも遊ぶこともあった
    20歳そこそこの若い社員2人は

    「いずれ関東に出店した時に働きたいから
    転勤はイヤだけど、そのために頑張って行ってきます」
    ということで、残る選択をした。


    私はその夜
    最終の答えを出す前に
    Kくんに電話で相談をした。

    社会人としても
    自分はどうあるべきか分からなかったし
    頼れるのはKくんしか居なかったのだ。


    一通り話を聞いてくれた後

    「じゃ、一緒に住もうか?」

    Kくんは突然そんな言葉を私に言った。


    ”え?付き合ってもいないのに?”

    ”実家暮らしなのにどうやって?”

    そんな風に思ったのも束の間


    「俺もいい加減そろそろ実家からは出なきゃと思ってたし
    そのくらいの貯金はあるから、部屋借りて一緒に住もうか?」


    突然の言葉にビックリしたけど
    内心とっても嬉しかったし
    どこも行くアテのない私には
    本当にありがたい言葉だった。


    けど・・・
    正直まだ、恋愛として好きという気持ちは自分の中になく
    ずっと友達として信頼してきてて
    久しぶりの再会に異性を意識はし始めたものの
    トキメキとかもない、信頼がベースの関係だったから
    ”一緒に住む=同棲”ということに自信が持てずにいた。


    「どうしたらいいんだろ・・・」

    そんな風に思いながらも
    迫って来る期限と現実に
    Kくんと住むことをリアルに考え始めた。


    そして翌日
    返事を聞きに来た部長に私は
    行くアテがないので今すぐには出られないが
    辞めるという決断をしたので
    なるべく早く社宅を出る
    という旨を告げた。


    「城戸には残っててほしかったな」

    残念そうにそう言った後

    「社宅は契約の関係もあるから
    2ヶ月は居て大丈夫だから
    それまでに行く場所が見つかるといいな」

    と、いかにも関西のごっつい男性という強面な部長が
    優しく私に微笑んだ。


    その夜、Kくんに部長に話したことを伝えたら
    「じゃ、一緒に住もう!
    場所はどこがいいか?奥沢とか自由が丘辺りはどお?
    2ヶ月以内に引っ越さないとな!」

    そんな風に現実的な話をしてくれるKくんに
    嬉しい気持ちと少し戸惑う気持ちの中
    自分が出した選択が果たしてよかったのか?と
    少しだけ心が揺らいだ。